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まれか+じゅんじ Duo Live @下北沢ラ・カーニャ (Jun.19,2011) [Music]

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 下北沢ラ・カーニャでは2月以来の2人のライブは今回も満席。まれかさんが心配していた雨も降らず、日曜日の午後のひととき、ますます磨きのかかった、2人の息のあった演奏に至福の時を過ごしました。演奏についてはあらためていうまでもありません、今回はまれかさんのMCが以前にくらべて長足の進歩を遂げていることにびっくり。ステージ上でも自信に満ちているように思えました。

 今回は、4月からまれかさんの通う大学の同じ学部に入学したばかりの娘さんとお母さんをライブに誘い一緒に楽しみましたが、休憩時間にまれかさんに紹介したら、いきなり2人で学生トークになっていました。4年生になったまれかさん、学業との両立大変だと思いますがぜひ頑張ってもらいたいと思います。
 


ナターシャ・ナイト@原宿こんとん館 (Jun.10,2011) [Music]

 毎月第2金曜日原宿のこんとん館で開催されている「ナターシャ・ナイト」は、2003年2月14日に、こんとん館に集まるブルーグラス愛好者の中の隠れ(笑)ナターシャ・セブンファンによる集いが開催されて以来、ほぼ毎月開催されているとして来月あたりが第100回にあたるそうです。というのは、草創期のメンバーの一人であるはやさんから伺った話。ホストバンドの「ブリッジエイト」が出られなくなったころは、集まるメンバーも減ってしまうのではないかと思われましたが、最近では毎回のように初参加の人がいて、今さらのようにすそ野が広がっている気もします。今回の初参加は「大魔王とお妃さま」。同じナターシャでも”ナターシャ・グジー”(ウクライナ出身の歌手)もレパートリーにしている『いつも何度でも』などで息のあったハーモニーを披露、ナターシャ・ナイトに新しい風を吹き込んでくれました。

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 僕がこんとん館に足を運ぶようになったのは、2005年ごろからでしょうか。当時の常連、親子バンド「グリーングラス」で活躍していたうめさんも最近はこんとん館からは遠ざかっておられましたが、今回久しぶりに参加されて奥様と唄うナターシャ(セブン)ナンバーにサトーさんのバンジョー、はやさんのマンドリンが加わってたちまちナターシャ編成に。これこそがナターシャ・ナイトの楽しさですね。

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 どんべえとその七味は、『海に向かって』『力を合わせて』『太陽をとれ』『外山節』『雨あがる』

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 この日集まったナターシャな人たち
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ナターシャ・ナイト@原宿こんとん館 (May.13,2011) [Music]

 5月のナターシャ・ナイトが行われたのは先週の金曜日。1週間なんてあっという間に過ぎてしまいます。
 今月のナターシャ・ナイトには初参加の方が2名。常連や久々参加の方も含めて賑やかな会になりました。初参加のひとりmaticさん(いがりまさしさん)は、豊橋からの参加。植物写真家として活躍するかたわら、豊橋市を中心に音楽活動をしている方です・・・というような情報はコチラに詳しく載っています。http://www.plantsindex.com/the1212/aboutus.htm
 今まで会ったことのない、豊橋に住むmaticさんが、そもそもナターシャ・ナイトに参加されることになったのは、拙ブログのナターシャ・ナイトの記事にコメントをいただいたのがきっかけでした。
 http://inuwan.blog.so-net.ne.jp/2010-11-14
 3月11日(金)のナターシャ・ナイトに参加されるはずだったちょうどその日に起こった大地震。maticさんは目黒で地震に遭い池袋のホテルまで歩いてたどりついたそうです。その後しばらくは連絡とれない状態でしたが、何とかメールのやりとりができるようになり、今回はちょうど東京でのLIVEも予定されていたこともあって、2ヵ月遅れの初参加となりました。震災で会えなくなってしまっただけに、初めて会うのに”再会”という感じがして嬉しかったです。
 ふだん音楽活動の拠点にしている豊橋の「街」というフォーク酒場でも、「ナターシャ・ナイト」をやる予定があるとのことです。

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 もう1人の初参加、M下さんは最近20年ぶりぐらいに再びギターを弾き始めたそうです。それにしては『ブラック・マンテン・ラグ』で華麗なテクニックを披露してましたね。話してみると、以前は「神奈川うたの里」にも参加していたらしく、共通の知人も何人かいてびっくり。ナターシャ・ナイトをきっかけに再び唄にギターにはまりこんでいくパターンは自分を見ているようです(笑)

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 どんべえとその七味は、『どこにいればいいんだろう』『太陽をとれ』『ケサラ_2011.3.11』。来月のリベンジを誓った夜でした。

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堀尾和孝Specialライブ@茅ヶ崎・BOTCHY BOTCHY(May.03,2011) [Music]

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 「茅ヶ崎の"あの頃のフォーク"系参加型ライブハウスBOTCHY BOTCHY」は、オープンして3年以上になりますが、マスターのShunさんとお友達でもあるスーパーギタリスト堀尾和孝さんのライブが今まで行われていなかったのが不思議なくらいです。GW中のこの日のライブも急遽決まったそうで、事前の告知はほとんどされていませんでしたが、終盤にかけてお客様も続々と来店。音がよくて、観やすい、聴きやすい、おまけに食べ物も美味しいライブハウスでの初めての演奏に、ホリオさんもふだんにも増してヒートアップしていたように見えました。何しろ3回に分けてのステージで、『チャルダッシュ』、『リベルタンゴ』、『スペイン』、『ハイウエイスター』と、難曲といわれる曲をすべて披露してしまったのですから。

 ライブ映像はこちら(ボッチイボッチイのBlog)にあります。
http://www.botchy-botchy.com/blog/archives/2011/05/53special.html


高石ともやチャペルコンサート(第15回バングラディシュ奨学基金コンサート)@浅草教会 (Apr.29,2011) [Music]

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 毎年4月29日に行われているこのコンサートに参加するのは今年で5回目になるが、今回は特別な思いのこもったコンサートになった。
 3月11日の「東日本大震災」の3日前、ともやさんは長い闘病生活にあった奥様を見送られた。気持ちの整理もつかないところに起こった未曾有の災害は、自分をフォークソングをはじめた40年前に連れもどしてしまったという。ともやさんは、このコンサートの数日前には被災地を巡っていた。テレビ画面に切り取られた画像からは想像できない光景に立ちすくみ、避難所の片隅でそっと唄いながら被災者とともに泣いてきた。この日のコンサートではいくら唄っても唄い足りないように思えた。唄の説明もいつにも増してくどいように思えた。それは、実際の被災現場を知らない僕達に、伝えたいけれど伝えきれないもどかしさのようなものだったかもしれない。それは、長年連れ添った妻に先立たれたショックにさらに追い打ちをかけた悲劇にともなう喪失感のようなものだったかもしれない。いつも通りギター一本で、いつもの唄をうたう。けれど今までとは違って聞こえる。ひとつひとつの唄が、唄い手と聴き手それぞれの思いに彩られていたように感じるコンサートだった。

この日うたわれた曲を記録しておくことにします。
〔1部〕
風、遠い世界に、街、海に向かって、どこにいればいいんだろう、陽気に行こう、港町ブルース、青い海のお墓、何とか元気をやっています
〔2部〕
野茨と鳩、孤独のマラソンランナー、追放の歌、第五氷河期、十字架に帰ろう、さすらい人の子守唄、60過ぎても、ユメカシーラ、再会、感謝、陽気に行こう、海に向かって

 


松菌ライブ@大森・風に吹かれて (Apr.16,2011) [Music]

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 「松菌ライブ」とは、松崎博彦さんと河野"菌ちゃん"俊二さんのユニットでのライブ。昨日大森の「風に吹かれて」に満員のお客さんを集めて行われました。

 オープニングアクト「座・飛楽人」が30分演奏した後登場した松崎さん。 『悲しくてやりきれない』をイントロに『行き先は変えられませんよ』からスタートしたライブの1部のラストに唄われた『若狭炎上』という11分にも及ぶ曲には、聴いている誰もが、この曲に描かれていることと、今実際に起こっていることの一致に背筋の寒くなる思いを抱いたのではないでしょうか。松崎さんによれば、1986年に起こったチェルノブイリ原発事故の直後につくられた曲だそうです。今回約20年ぶりに唄われたとのことですが、「原発銀座」と呼ばれるほど原子力発電所が密集している若狭地方で、もしもチェルノブイリのような事故が起こったら、という想定のもとにつくられたこの曲を、今ノンフィクションとして重い気持ちで聴かざるをえない現実がつらい。

※(4月26日追記)この曲がYou TubeにUpされたのでリンクを貼ります
http://youtu.be/3qIAkCWhLv4

 第2部では、ライブで必ずうたわれる『戦争を知らない子供たち'83』のフルバージョン、PTA会長を務めた小学校の食育のテーマソングとしてつくった『元気マン』、おなじみ『祭ばやし』や『風のカーテン』など、菌ちゃんとの息もぴったり、たっぷり楽しんだ2時間でした。



*オープニングアクトの「座・飛楽人」(ざ・とらっど)

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 ライブ終了後は、集まった人が松菌をバックにステージで唄えるというおまけ付き。
 どん七も『世界は変わってゆく』と『ケサラ』を唄わせていただきました。

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"Fragile" [Music]

 アコースティック・ギタリストの堀尾和孝さんは、3.11の震災後、Stingの"Fragile"という曲を演奏し続けているそうです。僕自身これまで知らなかった曲ですが、昨日の鶴間・菩南座の完全生音ライブではじめて聴きました。
 
 iPhoneで撮った動画をアップしました。生音なので音量は小さいですが、じっと耳を傾けて聴いてみてください。"How fragile we are how fragile we are"という歌詞が聴こえてくるような気がしませんか。 
 

この曲に込めた思いを、ホリオさんのmixi日記(2011.3.16)より転載させていただきます。 

 Stingの「Fragile」という曲。震災以降演奏しております。
「Fragile」は「こわれやすい」という意味で、飛行機等に荷物を預けると、
壊れ物に、シールを張ったり、タグをつけたりしていますよね。

Stingはこの事件↓に思う所があり、この曲を作ったそうです。
http://sanmarie.me/fragile
(BUNさんのマイミクの方が調べて下さいました)

その演奏の動画をBUNさんが、日記↓の中でアップして下さいました。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1690339867&owner_id=6294000

長き時間をかけて作ってきた村や町があっという間に押し流されました。
人類の文明の為とうたって作った原発が今、人類に最悪の結果をもたらしつつあります。
人類の文明や文化はマダマダ壊れやすく、危ういものです。
しかし、人の心は優しく強く、思いやりを持って繋がっていってほしい。

そんな願いを込めて、この曲を弾いています。しばらく弾き続けて参ります。
 

『どこにいればいいんだろう』 [Music]

 先週の土曜日、阿佐ヶ谷バルトで行われた「城田じゅんじwith内藤希花(まれか)ライブ」。都合で2部からの参加となってしまい、1部でじゅんじさんが唄われたというナターシャ時代のなつかしい曲を聴くことはできなかったが、アイリッシュチューン中心の2部最後に、今日どうしても唄いたかったとしてじゅんじさんが唄ったのがこの曲、『どこにいればいいんだろう』。

 原題"Where Sall I Be"というカーター・ファミリーの曲に高石ともやが日本語の詞をつけたのは、1974年。ザ・ナターシャ・セブンの「107 SONG BOOK」にはこんな説明付で紹介されています。

「福井放送テレビの年末ドキュメント番組”福井1974年”の楽譜として詞をつくる。この年の福井県は工業用地拡大と原子力発電所、自然破壊が最大のテーマだった。江戸時代から海岸を守って来た松の木が切られて工業用地となり、渡り鳥も来なくなった。この作詞の2週間後、若狭湾の原子力発電所が故障している。関西の人口集中地帯に隣接した若狭地方は日本で最も原子力発電所の集中している地域なのです。(以下略)」

 歌詞を一部替え、あらたに追加した部分(赤字の箇所)にじゅんじさんの思いが込められており、満員の客席から自然に湧きあがったコーラスには一人ひとりの思いがこもって、厳粛な感覚を抱きました。


どこにいればいいんだろう
                 
1  花がしおれて行く日には  どこにいればいいんだろう
  川の水が枯れる日は  どこにいればいいんだろう
  山に炎がのぼる日は  どこにいればいいんだろう
  冬の浜辺に人はない  どこにいればいいんだろう
        
     ※ 君の笑顔が消える日は   どこにいればいいんだろう
             明日の夜明けに僕たちは  どこにいるのだろう

2  原子の炎が燃える日は  どこにいればいいんだろう
  イカつり舟の火が消える日は  どこにいればいいんだろう
  機械が国中あふれたら  どこにいればいいんだろう
  人の仕事は色あせる  どこにいればいいんだろう

      ※ くりかえし

3  悩みが国中あふれたら  どこにいればいいんだろう
  疲れはてた人たちは  どこにいればいいんだろう
  涙がほほを伝う日は  どこにいればいいんだろう
  街の明かりが消えたとき どこにいればいいんだろう

      ※ くりかえし

      君に笑顔が戻るとき 僕に何ができるだろう
      明日の夜明けに僕たちは 何をするのだろう


『ケサラ』 [Music]

 昨日は茅ヶ崎BOTCHYで「フォークを唄う午後」に参加。
 3月11日東日本を襲った大震災とその後に起こった原発事故のニュースやツイッターに一喜一憂するばかりで、しばらくはギターを手にすることすらできませんでしたが、ようやく唄いたいという気持ちになってきました。
 『ケサラ』という唄を学生時代によくSingOutでうたっていましたが、今回、リフレインの部分と3番の歌詞を新たな歌詞にして唄いました。被災地から遠く離れた場所での仲間うちの歌会で唄ったところで自己満足なのかも知れませんが、無力な自分を奮い立たせる意味で、そして、この唄をうたう時、心は地震で被害に遭われた人々と共にあるのだと信じて。


ケサラ 2011.3.11

                            詞・曲:J・フォンタナ/C・ペス
                           日本語原詞:にしむらよしあき
    
    C     G7   C C7    F    G7   C    C7
1  おさえきれない怒り  こらえきれない悲しみ
       F    G7  Em     Am  Dm      G7      C G7
  そんなことのくり返しだけど 決して負けはしないさ
             C                C7     F      G7  C    C7
     ※ ケサラ ケサラ ケサラ   僕たちは 生きている
        F    G7       C      Am  Dm      G7       C
         喜びも悲しみも道連れにして 歩いてゆけばいいのさ 


2  泣きはらした夜 迎える朝のまぶしさ
  涙のかわくときはないけど 決して倒れはしないさ

     ※ Ref

3  きっと忘れないだろう  命をかけて立ち向かった
  名もない人々の勇気を 決して無駄にしないさ

   ※ Ref

4  広く高く大きく あしたに向かって力強く
  人間のやさしさをうたえうたえ うたえ うたえ うたえ

    うたえ うたえ うたえ 人間のやさしさをうたえうたえ
    あしたに向かって力強く 広く高く大きく

    ※ Ref


 


よしだよしこライブ@大森・風に吹かれて (Mar.05,2011) [Music]

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  僕が高校生の頃に「ピピ&コット」というバンドがあり、よしだよしこさんはメンバーの一人でした(というのは最近になって知ったことです。ちなみに「風に吹かれて」のマスター金谷さんもメンバーでした)。当時はピピ&コットにはあまり興味がなかったし、解散後よしだよしことしてソロで活動をはじめたことも知りませんでした。その後長い中断ののち2003年に初のアルバムをリリースして7年余りになるそうですが、一度も唄を聴いたことはありませんでした。音楽仲間のキリンさんからは、今一番お奨めできるシンガーとして、以前から彼女のライブへのお誘いをいただいていたんですが、なかなかタイミングが合わず、ようやく昨日「風に吹かれて」で行われたライブに行くことができました。
 
  オープニングアクトの「いちろう16」さんの後登場したよしこさんは、ギターやダルシマーを自在に操りながら、小舟が水に漂うかのような独特の雰囲気を作り出し、時に力強く、時に優しく唄い奏でること1時間半以上、すばらしいステージを披露してくれました。正直、これほどのシンガーを今まで興味の対象外に置いていたことを恥じ入るばかりです。
 
 帰ってから、You Tubeで検索してみたらたくさんの動画がアップされているではありませんか。その中から、アメリカの黒人公民権運動のきっかけとなった、1955年にアラバマ州で起こったローザ・パークスの事件を唄った『She Said No !』を紹介します。昨日聴いて心にズバッと来た曲です。
http://www.youtube.com/watch?v=gOUP8KmoAYo
機会あればぜひライブに足を運び、生の迫力を体験されることをお勧めします。


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